「最近の居酒屋は昭和歌謡がやたらと流れている」と感じたことはありませんか。大手有線放送サービスが、常連客の年齢層の上昇に合わせて選曲アルゴリズムを変えた結果だといわれています。懐かしいメロディ(以下、ナツメロ)を聴くことは、果たして脳に良いのでしょうか。それとも「過去に浸りすぎると脳が退化する」といった噂どおり、悪影響があるのでしょうか。
◉ ナツメロが流行る社会的背景
居酒屋などでは、常連客の平均年齢が上がり、昭和~平成初期のヒット曲が「その世代のBGM」として定着しつつあります。
大手通信カラオケ・有線各社は、年齢・再生履歴・曜日などのデータをAIで解析し、客が「懐かしい」と感じる選曲をリアルタイムで推薦しています。
こうした“懐かしさマーケティング”は、滞在時間や顧客単価を高める効果があることが業界レポートで示されています。
◉ 懐かしさは脳で何を起こすのか
1. 報酬系の活性化
ナツメロを聴くと線条体・前頭前野・中脳ドーパミン神経が協調して働き、「心地よさ」を司る報酬ネットワークが活性化します。これはチョコレートを食べたときの快感と同程度とも報告されています。
2. デフォルトモードネットワーク(DMN)の同期
自分の過去を思い出すときに使われるDMNが、懐かしい音楽で強く同期し、自己の物語を再構築する作業を助けます。
3. 脳内ネットワーク効率の向上
最新のEEG研究では、ナツメロ刺激がα帯域とγ帯域でグローバル効率を高める――つまり脳全体の情報伝達コストを下げる――ことが示唆されています。
4. 認知症患者の記憶想起の補助
回想法の一環として懐かしい曲を流すと、短時間ながら自伝的記憶が鮮明になり、情動も安定する効果が報告されています。
◉ 「過去に浸りすぎると脳が退化する」は本当か
1. ポジティブなノスタルジアと**ネガティブな反芻(はんすう)は似て非なるものです。楽天的な回想はストレス軽減や帰属意識の強化に役立ちますが、失敗体験や喪失感を繰り返し思い返すと、うつ病や不安障害のリスクが高まるとメタ解析で示されています。
2. DMN の過剰活動は加齢やアルツハイマー病のバイオマーカーとして注目されていますが、これは“懐かしさ”そのものよりも、不活動時に脳が同じ思考を反復し続ける「メンタル・イドリング状態」が長くなることが問題と考えられています。
3. 脳の「進歩・進化」を保つ鍵はニューロプラスティシティ(可塑性)**です。新しい刺激を取り入れ、学習と回想をバランスよく行うことでシナプスは再編され続けます。
◉ 旅の思い出を振り返るときも同じ?
旅の回想は、多感覚(一度に視覚・嗅覚・体性感覚が甦る)かつ新奇性が高かった経験を思い出すため、ナツメロよりも海馬の再活性化が顕著という報告があります。これは**脳にとって“リプレイ学習”**に近く、新しい行動計画を立てる際のシミュレーションにもなります。そのため、「旅を思い出す → 次の旅を計画する」という好循環が生まれやすい点で、単なる懐古より健康的といえるでしょう。
◉ まとめ:ナツメロは脳を壊すか?
1. 適度にナツメロを楽しむことは、報酬系とDMNを活性化し、ストレスを和らげる可能性があります。
2. しかし、過去の失敗や喪失に固執して同じ曲ばかりリピートし、現実の行動を阻む「反芻」状態が長期化すると、気分障害や認知機能低下のリスクが指摘されています。
3. 結論として「ナツメロそのものが脳を壊すわけではない」が、「聴き方しだいで脳を怠けさせることも鍛えることもできる」というのが最新の科学的知見です。
4. 新しい曲や未知のジャンルを交えながら、懐かしい音楽や旅の記憶を“スパイス”として活用すると、ニューロプラスティシティを保ちながら心地よい回想が楽しめます。
◉ ワンポイント
・ナツメロを聴くときは「昔は良かった」で終わらせず、「あの頃好きだった音が今どう進化したか」を調べてみましょう。
・旅の写真を整理し、次の計画を立てると海馬の活性化が持続しやすいとされています。
懐かしさは脳の“味方”にも“敵”にもなり得ます。ほどよい距離感で過去と向き合い、未来の行動と結びつける――それが脳を壊さないコツと言えそうです。