自分の人生について、アトピーの悪化具合を振り返ってみました

今までの人生におけるアトピーの悪化具合を図に起こしてみました

👍 中学・高校時代は、アトピーを治すヒントが多い時期

❌ 高校3年生、大学3・4年生は、生活習慣が乱れていた

❌ 社会人7年め・12年めは、知識不足が招いた

幼少期 [3:基準]

アトピーは3歳ごろに発症しました。きっかけは、手の掻き傷を心配した母親が皮膚科に連れて行ったところから始まります。

特に皮膚の薄い部位、例えば手や関節が症状の中心で、全身がかゆみに襲われていたため、常に掻いていました。かゆかったら抗うことなく掻いていましたし、母親は私が掻くのを見ると「掻くのを辞めなさい」と手を添えて優しく注意し、傷ができれば塗り薬を処方して上からガーゼを貼ってくれていました。

これらの行為は”こういうものなのだ”と感じていましたから、”自分だけなんで?”と悲観的にもならず特に何も考えていなかったと思います。

手を中心に皮膚の薄いところが掻き傷だらけでした。傷を隠すガーゼは常に貼っていました。寝た後はシーツのそこらじゅうに掻き傷からでた血がついていて、粉がかなり落ちていました。

現在も、アトピーの症状の出方は変わっていません。症状が悪化すると、最初に手が荒れ、次に首、耳と続きます。そのため、手に関しては特にプロアクティブな治療を行っています。特に、寝てから起きるまでの間に症状が悪化することが多く、その際も最も影響を受けるのは手です。

👍 親の丁寧な対応があった

❌ 直すことに関する、自分の意識的な行動や記憶はなし

小学生 6 年間 [6:まぁまぁ悪い]

小学生の頃、アトピーの症状は続いていましたが、良い友人たちに恵まれ、いじめや外見に対する指摘を受けることは少なかったため、アトピーをあまり意識せずに過ごしていました。

部活動には参加していませんでしたが、水泳と空手を習っていました。これらの習い事には、振り返ると辛い経験も含まれています。

水泳では、水着の露出が多いことが気になっていました。特に、水泳パンツのみのスタイルは、他人の目に触れるのが恥ずかしかったです。

体育の授業での水泳も苦手で、男子の上半身の露出や、友人からのアドバイス、そしてプールの消毒用の塩素の刺激が気になっていました。

空手の方では、白い道着に血がつくことが悩みでした。その鮮やかな赤は目立ち、洗濯にも手間がかかったことを親に感じさせてしまったことを覚えています。

❌ 習い事は身体を使うものが多かったので、気にする点はあった

中学生 3 年間 [4:乾燥が目立っていた]

中学時代、私は学校指定のジャージや短パンを主に着用していました。体育の授業で友人にジャージを払われ、粉が舞ったとき、「お前のジャージは埃がすごい」と言われたことは、今でも心に残っています。また、肌がカサカサだと指摘されることもありました。

多くの生徒が部活動に参加していた学校で、私も母の勧めでテニス部に入部しました。中学3年間、放課後や休日もテニスに打ち込んでいました。部活ではジャージを着用していたのですが、乾燥による肌の粉が悩みでした。乾燥を防ぐ方法が見つからず、粉の量が増えることが多かったです。

テニス部としての活動はほとんど屋外で、日光を浴びることが多かったため、アトピーの症状はかなり治まっていました。しかし、乾燥による肌の粉は変わらず、特に寝るときや運動中には多く出ていました。

小学生の頃から続く水泳の授業では、スイミングパンツの露出が気になり、自分の身体に対する意識が強くなりました。

全体的に見て、テニス部の活動、規則正しい生活、親の手料理など、健康に良い条件が整っていたと感じています。しかし、乾燥が目立った原因として、自分に合った保湿剤を使用していなかったことが挙げられます。当時は、親の勧める保湿剤を使っていましたが、自分で選ぶという考えはありませんでした。

👍 授業や部活による活動から良い影響を受けた

👍 周囲に理解のある人が多かった

👍 規則正しい時間に偏りのない栄養(給食)を摂取していた

高校生 3 年間 [0→2:部活が終わってから生活が一転]

高校生の時もテニス部に継続して所属し、楽しい日々を過ごしていました。そのおかげでアトピーの症状はほとんど出ていませんでした。しかし、3年生の夏休みに部活を引退し、運動をしなくなると同時に大学受験のプレッシャーが増し、アトピーの症状が少し現れ始めました。

修学旅行中、友だちから「夜中に掻いていた」と言われ、自分の症状に気づきました。それでも、大部分の時間はアトピーの症状やかゆみに悩まされることはありませんでした。

余談ですが、上記の発言は、外国へ旅行中のゲストハウスでも言われることがあります.英語でアトピーを説明することはかなり難しいので、うまく説明できたことはありません.

👍 学校による規則正しい生活
👍 規則正しい時間に偏りのない栄養(弁当)を摂取していた
👍 適度な運動を継続的に行っていた。また、外で陽をよく浴びた

🔺 運動の習慣がなくなると、アトピーの兆候が見られるようになる

大学生 4 年間 [0→6→8:授業の入っている数が生活習慣に影響]

大学ではコンピュータ専門の学科に進学しました。それまで電子機器には興味がなかったのですが、大学でインターネットの魅力に取り憑かれ、運動をせずに家でのパソコン生活が増えました。

1年生の時は授業が多く、2年生と3年生ではアルバイトを始めました。4年生になると、研究室の活動が中心となり、日時が選べる派遣の単発バイトを選択しました。この時期が、私の生活リズムが最も乱れた時期でした。昼過ぎに起き、夜遅くまで活動する日々を送り、食生活も不規則になりました。

特に卒業論文の執筆時期は、昼夜逆転の生活が続き、間食の量も増えました。この結果、アトピーの症状が悪化し、乾燥肌が酷くなりました。当時の私は、どのように対処すれば良いのかわからず、母親の勧める馬油やワセリンを使用していましたが、効果は感じられませんでした。乾燥と掻き傷に悩まされ、長袖と長ズボンを選ぶことが多くなりました。

余談ですが、大学へはもともと就職する前提で通っていました。大学生の時期を経て、自律性が低いことを学んだので、早く就職したいという気持ちが加速しました。

❌ 昼夜逆転して行動時間が不規則な生活
❌ 夜中に食事を摂り、間食を摂ることが多かった
❌ 筋トレを中心に部屋の中で行い、時々やっていたジョギングは夜中街灯の中

社会人 1-5 年目 [0:生活習慣は人生で一番良かった&なりたかった社会人]

大学4年生の不規則な生活から一転、社会人として新たなスタートを切った期間です。朝9時の出社から夜23時の退社が日常となりました。

初めの3年間は、毎年異なる職場での経験を積みました。 1年目は、私の人生で最も長い勤務時間を経験しました。 2年目は、実家のある千葉県から職場の神奈川県へ、毎日長い通勤を日常としていました。 そして、3年目から以降10年間、同じ職場で安定した生活を送り、大抵は21時前に退社していました。

新しい環境や未経験の仕事にも関わらず、アトピーの症状はほとんど出ませんでした。

この期間では特に起きなかったものの、後続の期間で大きな転機を迎えます.そのきっかけは、実家暮らしを離れて一人暮らしを始めています.初めての東京暮らし、初めてのシェアハウス暮らしでした.

シェアハウスを選んだ理由は、(アトピーには関係ありませんが)以下です.

・ 掃除する箇所を限定的にする
・ 家賃を固定費化する
・ 家具を買わない

👍 規則正しい生活習慣を送れていた
👍 就労時間、通勤時間の長さは、仕事のやりがいがあれば関係ない

社会人 6-10 年目 [4→10→0:住居環境の選択ミス]

アトピーの症状は長らく収まっていました.冬から春にかけての乾燥する時期には顔が赤くなり、乾燥により身体が痒くなることが多かったものの、日常生活に支障が出るほどの期間は短かったです.職場も仕事の内容も変わることなく対応できていたこと、プライベートも充実していたことが要因であると考えています.このときは毎日出社している時期でもあったので、規則正しい生活をしていたことも原因として考えられます.

しかし、社会人になってから7年目のこと、わたしの人生史の中で最も症状が悪化しました。症状としては、とにかく痒みが収まらず、ずっと掻いていました.掻き傷だらけ、ほぼ全身に出ていました.

この期間の大きな変化として、新しい住居に移ったことが挙げられます。今まで幼稚園の年長クラス時から社会人4年目までは実家で暮らしていましたが、社会人5年目からはシェアハウスに入居しました。大学生までは出身地の近くに学校があったため、社会人ではお金があまり無かったためです.お金もある程度貯まり、1人で生活をしてみることを決心したことが契機でした.

新居では住み始めて半年以上は経っていましたが、症状の悪化が始まりました。長らく原因がわからず、かかりつけ医も変えていなかったので、処方薬の強さがどんどん上がっていくばかりでした。

気づいたきっかけは、生活しているときに気になったドアの開け閉めのしづらさでした。ドアの開け閉めについては入居時から多少やりづらいと感じていたものの、それが仕様だと考えていました.

ドアの開け閉めがやりづらい理由を挙げてみました.

・ドアに余分な加重がかかっている可能性がある
・天井から、もしくは床から、ドアの開閉時に引っかかる膨らみを持つ

これのどれかを見定めるために、ドア付近を見たり触ったり、といろいろ探ってみました.

そこでわかったことが、どうも床が盛り上がってる、ということです.ドアの開閉時に擦れているようでした.そこから連鎖的に、どうも床が柔らかくないか?、と感じ、実はこの部屋は畳が引いてあるのではないか?と疑いを持ったことが仮説でした.

この仮説を確認することはかなり簡単です.わたしはこの部屋を以下の要素で選んでいました.

・日当たりの良さ
・部屋の大きさ
・ベランダがある
押し入れがある

今考えると、ウォークインクローゼットでなく押入れがある点が、そもそも和室ベースの部屋であることを謳っています.現代の物件で、ウォークインクローゼットでなく、ドラえもんが入るような押し入れが作られることは非常に稀です.

さらに、物件が大きな古い一軒家をシェアハウスに改良していることを思い出し、昔の家であるなら和室を多く持つ物件だっただろうなと予測がつきます.

これらの確認から、和室(畳)にフロアシートが直接敷かれていて、洋室のように見せかけていた、という結論に至りました.そして、他の住人も同様の内容を話していたため、これはほとんどあっていると考えています.

和室がなぜアトピーによくないか?和室の環境がわたしに合ってない理由としては、アレルギー検査をしたときにダニに対して高いアレルギー反応を示したことから判断しています.和室でよく考えられる悪化原因は以下などがあります.

  • 畳のダニ
    畳はダニの繁殖に適した環境です。ダニの排泄物や死骸はアトピー性皮膚炎の悪化を引き起こす可能性があります。定期的な掃除と湿度の管理が必要です。
  • 湿度とカビ
    和室は湿度が高くなりやすいため、カビの発生源となります。カビはアトピーの症状を悪化させるため、除湿器の使用や通気の確保が重要です。
  • 室内のホコリ
    障子や襖はホコリを溜めやすい。ホコリやダニはアトピーのトリガーとなるため、定期的な清掃が必要です。
  • 化学物質
    和室の建材や塗料には化学物質が含まれていることがあります。これらの物質が皮膚に触れることでアトピーが悪化する可能性があります。

上記の、「畳のダニ」「湿度とカビ」「室内のホコリ」が該当しています.畳の上からフロアシートで被せているので、湿気やホコリが外に逃げない構造になってしまって、結果的にダニが増えたと思います.

この経験から、見た目に囚われず、きちんと和室でないことを確認するようになりました。その結果、住環境による悪化はほとんど起きていません。

❌ 自分の身体に合わない部屋を選んでしまった
❌ 悪化の原因を特定することに時間を要しすぎた

👍 和室以外の部屋に住むことが住環境の条件に加わえた

社会人 11年目以降 [0→10→0:過剰に行動した結果招いた悪化]

わたしの人生で2度目のアトピーの悪化を経験しました期間です。この原因は、毎年行っていた紫外線を浴びる行為を過度に受けたことでした。

わたしは、わたし自身の過去の食習慣・運動習慣とそのときの心理の状態を参考にしてアトピーの対策を考えています。高校時代の外での運動の経験を活かし、日光浴をすることを心がけています.特に、紫外線が強い4月と7月に積極的に日光浴をするようにしています。

今までも、毎年日光を浴びていました.大学生や社会人若年層時は7月、それ以降は4月で毎週末やっていました.やっていることは、ベランダや広場などで日光に1~3時間ほど浴びるのみです.

この期間は例年とは異なり、4月に日光(UV-A)を過度に浴びた結果、4月から8月まで症状が悪化し続けました。

テレワークが導入された期間であり、仕事の休憩時間に家の近くで日差しを浴びることが容易になりました.そのため、天気が良かった平日の連日、昼休みになれば隅田川沿いに出てゆったりしていました.

悪化し始めたのは、連日3日ほど日光浴をやり続けた後です.かなり痒みがでだしたことを覚えています.

最初は、日焼けによる皮膚のターンオーバーによる痒みと捉えていて深く考えていませんでした.しかし、日が経ってもかゆみが収まることがありませんでした.

結果的には、治るのに4ヶ月を超えた長期間かかりました.8月末ごろから直ってきた理由は断定できていないですが、前回の悪化(2017年)と同様の傾向といえます。9月は誕生月で運気が上がっているように感じるので、そのご縁と考えています。

❌ 連日、太陽の光を浴びすぎた
❌ 4月の紫外線(UV-A)が強いことを意識できていなかった

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